頑張れ!!すずき君。: 『El Camino de Santiago1』

2009年8月23日日曜日

『El Camino de Santiago1』

以前、テレビ番組か何かでスペインにある巡礼路『El Camino de Santiago』の事を知り
それ以来、この道を歩く事を夢見続けていた。

日本では『宗教』というとネガティブなイメージを持つ人も多いが
多くの国では宗教はとても身近な存在。
生活も文化も食事もありとあらゆるものが『宗教』と繋がっている。

日本人は宗教に対して、無知すぎると思う。
でも、自分の宗教観を持っていない日本人だからこそ
全ての宗教に対して対等に接する事ができるのではないか。と僕は思う。
そして、それは素晴らしい事だと思う。

僕がこの道を歩いた理由は『出会い』と『景色』
そして、少しの『宗教心』

約800キロ32日間の行程。


  • 2009年5月19日
パリから高速鉄道に乗って『サンジャン・ピエ・ド・ポール』という街に来た。

乗り換えが1度あったが、乗り換え後の車内の多くの人がバックパックにホタテ貝を付けていた。
『ホタテ貝』は、この巡礼路のシンボルだ。そして巡礼者の目印でもある。

僕もパリ市内の魚市で拾ったホタテ貝を洗い、紐を通してバックパックに付けてある。
まだ喋ってもいないのに仲間で出来たようで嬉しい。

街へ到着後、早速巡礼者用の事務所にて登録を済ます。

翌朝からの道程に備え、ドライフルーツと木製のストックを購入する。
ホタテ貝に木製のステッキ。気分はすっかり中世の巡礼者だ。

宿は巡礼者専用宿『アルベルゲ』
公設、私設があるがどちらも奉仕の精神で経営しているところが殆どで
低料金もしくは寄付で宿泊できる。
初日という事で目についたアルベルゲに宿泊した。
後から聞いたらここは私設のアルベルゲだったらしい。
明日からいよいよ歩き始める。


  • 5月20日
ガサガサと準備をする物音で目が覚めた。
窓から外を見るとまだ暗い。
身支度を整えて、外に出ると既に多くの巡礼者が歩き始めていた。

宿の人にお礼を言い、僕も歩き始める。

今日はビレネー越えが有る為、ずっと登りが続く。
歩き始めて直ぐに息がきれた。1時間も歩いていないのに早速休憩をとってしまった。
そんな僕を尻目に初老の男性が元気に通り過ぎて行く。
悔しい。だが、対抗心は巡礼者に相応しくない。

勿論、人間が出来ていない僕は休憩もそこそこに
その人を追いかけて行った。
結局、一度もその人を追い越す事は無かったけれども。

気がつくと朝日が昇り、周りが明るくなっていた。
辺りを見渡すと、もうすっかり山の中である。
麓に靄がかかり、とても美しい。

登りは想像以上に厳しかった。
バックパックが肩に食い込む。
なんで『LonelyPlanet』のヨーロッパ版なんて購入したんだと後悔した。あれはガイドブックにしては重すぎる。

息も絶え絶えになりながら歩いていると、休憩中の男性に声をかけられた。
そして、僕にタバコを勧めながら言った。
『少し、休憩した方がいい。』
彼の名前はマリオ。スペイン人だ。
途中の街『ログローニョ』まで今年は歩くと言っていた。
来年ログローニョから残りを歩くつもりらしい。
やけにでかいマットと寝袋をバックパックにくくり付けた彼の姿はその後もよく見かけた。
そして、その度に僕にタバコをくれた。



  • 5月22日
今日の宿泊地は牛追い祭りで有名な『パンプローナ』だ。

3日目にして身体の節々が筋肉痛である。
ビレネーを越えた夜、荷物を整理し直した。
サンジャンでも、いらない荷物は宿に寄付して来たが
まだ歩くには重かった。

ボリビアで購入したベストのフリース。
オリーブオイル。醤油。ロンリープラネット等々。
少し躊躇ったが、再びアルベルゲに置いて行った。
バックパックの重さを量ると20キロだった。
それでもまだ重すぎたが、残りは今後の旅に必要なモノだ。
置いて行く訳にはいかない。
マメの痛みよりケチな性分の方が勝ってしまった。

パンプローナにアルベルゲは大きい。何百人も泊まれるようになっている。
ここで、面白い韓国のおじさんと出会った。
彼は全く英語が話せないが、一人で来たらしい。元々山屋のようだ。
道中コチュジャンを持ち歩いていて、色々な人に勧めていた。
欧米人は往々にして困っていたが全くおかまい無く、笑顔で皿にコチュジャンを盛りつけて行く彼の姿は可愛かった。

また2段ベットの上段は日本人だった。
ただでさえ、日本人は少ないのにこんな大きなアルベルゲで同じベットだとは、偶然というのはあるものである。


  • 5月23日
一度、街を離れると次の街まで何も無い。ひたすら道が続く。
普段は何も無い道も楽しいのだが、今日は辛い。
マメの痛みのせいである。
初日で出来たマメはだんだん酷くなっている。
最初は右足だけだったが、かばって歩いたせいか左足にまで出来てしまった。

痛いな痛いな。と思いながら歩いていると雨まで降って来た。
ザーザーにはならなかったが、この道初めての雨だ。
辛い事は重なるものである。

休憩場所を探していたら、風車の建つ丘の上に何か見える。
近づくと中世の巡礼者を模したモニュメントであった。
現在でも、馬で巡礼する人もいるらしい。

乗って行けないものかと犬に股がってみたが
どうやら嫌らしい。写真を見ると噛み付かれていた。

足の痛みに耐えきれず、この日は予定していた街の1つ手前に宿をとった。
まだまだ先は長い。無理は止めておこう。


  • 5月24日
マメの調子は1日で大分良くなっていた。
少なくとも耐えきれず歩けないという事はない。マメに糸を通して水分を吸わせるという治療方法が良かったようだ。
ゆっくりと歩いていると、少し道を外れた木陰で休んでいる巡礼者がいた。
途中通った川辺で一度見かけた女性だ。

挨拶すると、手招きしてくれた。
マリアというフランス人のおばさんとはそれ以降会えなかったが今でも印象に残っている。
とても落ち着いた喋り方をする人だった。

少しお互いの事を話した後に何もせず横になって休憩した。
そうすることを勧められたからだ。雲がゆっくりと流れるのが見えた。
彼女は1人で歩くのが好きだと言っていた。騒がしいのは嫌いだと。

彼女と別れた後、立ち寄ったバルで珍しくビールを頼んだ。
普段からあまり強くないのだがその日は1杯で酔っぱらってしまった。
酔っぱらいながら歩くのが楽しかった。


  • 5月25日
この日は巡礼者全員がウキウキしていた。勿論僕もだ。
お目当てのものがあるのだ。

『ワイン』である。
正確に言うならば『ワインが出る蛇口』である。
ワイン工場が巡礼者の為にと道の途中に無料でワインが出る蛇口を用意してくれているのである。

お茶やポン・ジュースが出る蛇口なら聞いた事あるが、ワインが出る蛇口は初めてお目にかかる。

アルベルゲから歩き始めて1時間程でその蛇口はあった。
この日の為に2つ用意しておいた水筒が遂に出番である。
ホタテ貝をあしらった蛇口にはスペイン語でワインを意味する『VINO』の文字が。捻るとワインが出て来た。赤だ。
さっそく一口。
なにせ下戸である。うんちくはよくわからないが切れのある辛口のような気がした。

ただ、いかんせん出る勢いが弱い。
ちょろちょろと垂れるようにでるし時々止まる。
後ろには順番待ちの列が出来ている。
後ろ髪引かれながら、一口分ボトルにいれて蛇口を後にした。

宿で他の人から聞いたのだが、遅くに蛇口に着いた人はワインが出なかったらしい。タンクが空になりかけていたのだろう。
僕は運が良かった。


No2へ続く

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